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The Secret Present Garden 〜こびとたちのひみつの庭

「プレゼントガーデン」そこでは、樹木が優しく見守るなか、絶えず草花が茂り、こびとたちがハーブティーや季節の花のブーケなど、あたたかいプレゼントを色々なところに贈り届けるしたくをする。 そんな、プレゼントガーデンの構想と、実現に向けての様子、および、魔法や植物についてのmakiLiliaの勉強と研究の記録を記してまいります。

楽西フォレストガーデン☆土地の見たてと植栽

大地の呼吸∞環境整備ワークショップに続き、楽西フォレストガーデン 土地の見たて&植栽ワークショップ、日本でいち早く、浜松にてフォレストガーデンを育ててきている淳くんを講師に招き、素敵な仲間と共に、無事開催することができました◎

1人で立っているだけでは見えなかった景色、新たな夢、可能性、つながるぬくもり、
大切に抱きしめたいものがギュギュッとつまったような、
両手をひろげて、降り注ぐいのちをおおきく受けとめているときのような、、、
自然と人の豊かさのなかに生きている感覚、その躍動に、喜び、感動した2日間でありました。

よって、丁寧に記憶にとどめたく、こちらを記しています。

なにしろ当日は、講師の淳くんをはじめ、フォレストガーデンのワークショップを一緒に受けた三重のきこりで材としての樹木にとても詳しい昇くん家族や、愛知でのバイオジオフィルター修復作業、滋賀での池作りを共にしたチシン君、鉄平くん、と、森や土と一体になるように自然の声を聞いて動けてしまう仲間が、いよいよこの楽西の地にも遊びにきてくれたことに、踊るココロはとまりません。

他にも、そもそも、この場所を最初に開拓をはじめたパイオニアよんちゃんを私に紹介しつなげてくれたもとこさんや、前回ラジオでフォレストガーデンについて一緒に話させてもらったまやさんや、どちらかというと都市で会うことが多いにも関わらず、森や畑について熱く語れる三浦さんやマックスさんカップルと、これだけの人がここに集ってくれた、それでもう満足◎と言いたくなるような顔ぶれでした。
 

前日の大地の呼吸∞環境整備ワークショップで、このまま予定地に植栽は難しいのでは・・・という意見もあり、淳くんにそのことをお伝えしつつ、けっこう色々無茶ぶりしましたが、さすがの淳くんの華麗なるファシリテーションで素晴しい1日となりました。

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まずは、集まった皆との交流しつつ、「土地のみたて」「観察」についての考えを深めました。

 

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淳くんも、昔、師匠から、「観察することがとても大事」と言われたものの、現地にたつと、
「はて、何を観察すればいいの・・・?」と、戸惑ったとか。

確かに、現代において、突然自然のなかにポツンと置かれても、何を読み解けばいいのか、
「分からないことが分からない」状態な人は多いんじゃないかな。。?

そこで、淳くんは3つの視点で、場所をみていくことを教えてくれました。

1、空
2、土
3、生き物

3つのグループに分かれ、その土地において、空にあるもの、土にあるもの、また、生き物はどんな様子をしているか、五感をしっかり働かせて感じます。

わたしは、「空」のグループでした。

空にあるもの:

昨日、笹ヤブを刈って、風が通るようになったので、北側から風が吹いてくる。
風が寒さを運んでくる。
その寒さによって、逆に「人がいる」と「温かい」ということも感じる。
ヒヨドリの鳴き声、カラスの鳴き声。

昇君と長女のみわこちゃんが「虫の鳴き声も聞こえる」というのだけれど、
私は全然聞こえず、何度も挑戦して、やっと聞こえました。
このことがなかなかショックで、、、ずっと都市で暮らしていると、そういう繊細な周波数は拾わない耳になっていくのかもしれません。
個人的には、みわこちゃんが、なんか素敵でね。さすがきこりの昇くんと共にいるだけで、なのか、なんか芯があるというかしっかりしてるんだよね。土地の見立てもお父さんの昇くんと肩を並べて普通に行える。でも、素直な笑顔とかも可愛くて。教育って、頭で難しいことを考えることじゃなく、自然とこういう風に、まっすぐにこころよい子どもが育っていく環境を整えてあげることなんだろうなぁ。。とあらためて感じさせてもらいました。 

 

おもむろに、yoshが
「人の声、なんかこの農園の周りが、ザ・自然ってわけじゃなく、人の暮らしの気配があるよね。」
と言います。確かに、となりも畑をやっていたり、この農園に沿った小道は近くに住む人たちの通り道になっているので、人の暮らし、生活の気配があります。

この辺りから、「人」というキーワードが私のこころに、その印象を強めていきます。

他のグループも、それぞれの視点での観察を発表してくれました。
 
お昼ごはんのときや、ワークショップの合間の休憩時間も、淳くんは、席についてご飯を食べることもなく、農園をあちこち移動しながらその場その場でジッと立っていました。
いま思えば、それこそ自然と対話しているかのように。
 
昇君も、チシン君・鉄平くんも、ふと見ると、農園の端の方まで歩いていたりします。
土地を観察し慣れている人は、そうやって自然と足が進むようです。
はたから見れば、何をみつめるともなく、立っているように見えます。
でも、なんていうのでしょう、目のなかに光があるというか、みつめている対象がしっかりとある。または、耳をすませているようです。

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※画像はイメージです。。「もののけ姫」より。

そのように、風のなかに立つチシン君に声をかけてみると、逆に質問が返ってきました。

「これさ、、、どうして、この一角をフォレストガーデンにしようと思ったの。。?」

「えー、えっと、この辺りはこないだまでヤブになってて、まぁ、いまのところ、上は田んぼ、小屋の入り口周りは畑で、ここに広さがあるから、フォレストガーデン作ろうてなったときは、すでにこの場所が予定地になってた感じかなぁー。」

と答えます。

「いやさ、せっかくこれだけの広さがある場所で、無理にここだけに限って樹を押し詰めるのは勿体ないんじゃないかな、と思って。このままだと陽当りも確保しずらいし。それに、この広場もそのまま使ってもすごく色々可能性があって、人が集まる「場」になると思うんだよね。近くに畑やってる人もいるから、マーケットとかもできるかもしれないし。下段の沼のところも活かせると、全体でみて、すごく面白い場所になると思うよ。」

・・・!

確かに、そう言われてみれば、その通りで、なんとなくの思い込みだけで、ここは元々田んぼ、ここは畑、残りはここ、みたいな発想でいたところに、新しい視点をもらって、それこそ、この場所をみる目が変わりました。

フォレストガーデン予定地には、いくつか大きめのナンキンハゼの木があって、その木をそのままにしておくとすると、そんなに良い陽当りは望めません。
で、デザインをつくったときは「まぁ、低めに剪定させてもらおう」と話していたのだけど、
その後、現地にみんなで集まり、大地の再生講座に何度も行っているさがちゃんが
「むやみに切らないほうがいい。この子たちが地中でどれだけのことをしてくれてるか考えたら、そう簡単には切れない」と言ったことばがとても心に残っていて、私もひそかに、陽当りを確保するために、この木々を切ってしまうことを忍びなく思っていたのでした。


自然に無理をさせないで、人ののぞみも、共存させる。
互いが手を貸し、寄り添うように、生きる願いを叶えていく。
PCT- design Labのみんながすすめている「フォレストガーデン」は、そういった人と自然が対立することなく、共に生きるようにする、というのがとても魅力的で、その本質に立ち戻ると、色々とデザインを考えなおす必要があるように思えてきました。


元はといえば、この土地じたい、上段だけだと思っていたのが、開拓していくうちに中段、下段、と見えてきたのもあって、こうやって、全体を俯瞰してデザインを考える、ということはしていなかったところ、今回のこうした多様な視点、違った角度でこの場をみつめる、というのは、とても大切な転換点であるように思えます。
みんなの意見を聴くごとに、どんどん視野が広がります。

下段はまだまだ沼地だけれど、つまりは田んぼのような場所なので、そっちを田んぼにし、水はけが良いはずの上段を畑にしたほうが、野菜の育ちはいいはずです。
3段あって、土質が異なれば、それに合わせて樹木も、あちこちにその特性にあったものを配置すると、この楽西自然農園全体で、多様な植生が生きることができます。
広場は広場のままに、ナンキンハゼの木陰で人々が集ってお茶でも飲んだり、子どもたちが遊んだり、本当の意味で、自然も人も活き活きと楽しむ楽園ができそうです。

こうして「観察の目を養う」ワークの効果が大きかったもので、その後、予定していた場所へ苗を植えるのは今の段階では避け、淳くんがギフトとして持ってきてくれたオリーブ2苗を別の陽当りの良いところ植えることになりました。

植える前には、オリーブのニーズ、わたしたち人間側のニーズをみんなで出していきます。
オリーブの気持ちになって考える、なかなか素敵なワークでした。

植え付けの前にみんなで、笹ヤブを刈り、溝を堀り、竹炭と堆肥をいれます。

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こういった土木作業は男性陣が大活躍。

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女性たちは、ワイワイ話しながら、堆肥をふるいにかける作業にいそしみます。

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そして、うちの小人はこの作業の間中、おねえさんと一緒にカキドオシの葉を収穫してくれていました。

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わたしは、こういったそれぞれの人がそれぞれの適性に合わせて、楽しそうに活き活きしている光景というのが、とてつもなく好きです。人が本来の姿である、ように思えるのです。

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苗のひとつはさがちゃん流に、穴を掘ったところに苗をいれ、土をなげるようにいれる。そして、水も、バケツから手で汲んでバシャバシャっとかける。かなり「自然ありのまま」な感じです。

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もうひとつは淳くん流に、
まずは、二股に分かれている枝は長い方を残して短い方を剪定し、一番育ちのよい枝を地面と垂直になるように苗をいれます。根は基本、ほぐさない派だそうです。
土をかぶせ、支柱をし、下の方の枝葉をもちあげるように紐で支柱にしばります。見た目でいうと苦しそうに見えますが、こうすることで成長ホルモンが垂直に流れやすくなり、ある程度成長したところで紐をとってあげると、また一気に成長する。とか。かなり「人の意図」がある感じです。

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この2つの違いがとても顕著で面白かったです。それぞれの成長を今後見守っていくのが楽しみです。

最後は、感想をシェアしあい、みんなで手をつないでちょっとした儀式的なこともして、感動の日暮れと共にワークショップは幕をおろしました。

前日の翔太くんのワークショップが自然への愛を存分に感じるワークで、こちらは、その自然と人間の融合点を探るような、そして人と人とのつながりのあたたかみを感じれるワークでした。

いつもはどこかへ出向いて、その度、あたたかいコミュニティがあることを羨ましくみていたのが、なんと、自分たちのホームである京都でもそれが実現している、、、!ということが、なによりの感動でした。

ワークショップでは、お互い1人だったのが、家族みんなで会えて、子どもたちが竹滑り台や葉っぱやあれこれで遊んでいる姿をみれたのも嬉しかった。

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※竹滑り台に夢中のこどもたち

淳くんからは、浜松で育っていた、たくさんの苗もギフトでいただいて、、、
わたしたちもいつかそんな風に次にフォレストガーデンを始める人たちのために苗も育てていきたい、と、背中をみて学ばせてもらうことばかりのわたしたちですが、
これからも、確かに息づくこのいのちを、たいせつに見守り、みんなで育ちあっていきたいと思います。

参加してくださったみなさん、

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本当にありがとうございました!

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今回は残念ながら予定が合わなかったかたも、また、たのしく、この地で共に豊かな時間を過ごせたらと願っています◎

 

 

大地の呼吸∞環境整備WS@楽西自然農園 レポート

大地の呼吸∞環境整備ワークショップ。
矢野さんと共に全国を巡り、各地の大地を再生している翔太くんを講師にお迎えし開催しました!

私が現地に着くと、さっそく土にまみれ動き始めている翔太くんの姿が。。。!
(写真はかなり不意打ちです。)

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傷んだ大地を目にすると、いてもたってもいられず、こんな風に身体が動いちゃうんだね。
しかも、すでに目がキラキラと活き活きしている。


参加者のかたもたくさん集まってくださり、いよいよスタート。

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翔太くんの導きのもと、みんなで、まずは、風の草刈り。

これが、大変奥深く、翔太くんの説明を聞きながら、わたしはすでにウルウル感動しておりました。


草の先端を持って曲げてみると、よく曲がる部分がある。そこで草を刈ってあげる。
そういう場所は、たとえば大きな台風とかが来た時に、最初に風で折れてしまう場所で、折れても大丈夫なように、ある程度準備ができているので、植物は、そこを刈られても驚きすぎない。

「自然に倣って」と、いうけれど、自然を模倣するというよりは、
わたしたちが自然そのものの一部となって、いずれ自然が大きな力をつかって起こそうとする浄化のプロセスを、他を侵害しないかたちで進めておいてあげる。

わたしたちみんなが、大きな風になるかのように草を刈りました。

「こんもりなるかたちに」と翔太くんが言ってくれたけど、不思議と、そうやってひとつひとつの草に確かめながら刈っていくと、もともと生えていた形を低くしたような、人工的すぎない、こんもりとした形になりました。

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そして、やってみると歴然ですが、
「このやろー」「もういなくなってー!」と思いながら刈るのと、
「どう?この辺なら大丈夫だよね?」「これで風が気持ちよくふく場所になるよ。」
と、語りかけるように刈るのでは、全然気分が違います。

けっこうな笹ヤブなので、なかなか大変な作業なのだけれども、ひとつひとつ植物の生命を感じながら手をかけていく、というのは、なんだか瞑想のような気持ちよい感覚になってきます。

「向き合いかただよね。」
翔太くんの言葉がこころに響きます。

こんなふうにここに生きる同じ生命として自然と向き合い、共に生きようとすることを、どれほど現代に生きるわたしたちの魂は望んでいたことだろう。

そして、そのように人の手によって生まれ変わっていく木々や草花、大地は、いま、どれほどの愛情を受けとめ、感じていることだろう・・・どれほど、このときを待ち望んでいたことだろう・・・
そんな風に想像すると、わたしはこのときに、ひそかに涙せずにはいられないのでした。


水が流れる溝の周りは特に風が流れてほしい場所なので、風の通りをよくするため、他よりはちょっと低めに刈ります。
こうやって、自然と人との融合点を探っていきます。

 

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この溝に水が流れるように、周りの草を刈ってあげる。

みんなでやると作業もあっという間。
これまで笹ヤブで見えなかった湿地・沼地エリアが見渡せるようになりました。

この「見えるようになる」ということは、とても大切に思えました。
これまで、沼地は見えないし、どうなっているか分からない、そう思って手を付けられずにいたのが、こうやって見晴らせるようになると、
「熱帯エリアでこんな土地があったような・・・」
「ゲームのステージのイメージづくりするときに、こういうの見たような・・・」
「いま、この沼地に生えている木と木を結ぶように渡っていくのはなんだか楽しそうでは・・・?!」などなど、色々想像が膨らみます。

「風、変わったか感じてみて。」
翔太くんの言葉に、動きをとめて感じてみると、確かにさっきより風がふいている。

「気持ちいいでしょ。この気持ちよさ、心地よさの感覚を大切にしてほしい。」

そう。私たちは、義務でもなんでもなく、みんなで気持ちよく、心地よく、ここで生きるためにこのことを行っているんだ。
この「心地よさを感じる感覚」を磨くことは、たくさんの情報が溢れる現代、真実が見えにくくなっている現代において、とても大切なことかもしれません。
 
ひと仕事のあとは、モモコさんのケータリングランチ。
農園に落ちているさまざまな植物をあしらい、素敵に盛り付けてくださいました。

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ランチ中は、菌の話で盛り上がり、これまた楽しいご飯となりました。

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午後は、いよいよ下段の沼地へ潜入。


楽西自然農園は、現在、上段・中段・下段、と、3段になっていますが、もっと大きくこのエリアを見ると、ここより上は、田畑広がる田園地帯、ここより下はニュータウンで家が立ち並ぶ、というエッジになっております。
で、この沼地が上からの滞った流れを一身に受けとめ、受け止めきれないで、うまく流せないで、沼地になっている、というのが現状です。

一度、よんちゃんが太ももまでハマったと聞いていただけに、なかなか踏み入れられなかった下段の沼地ステージも、翔太くんと愉快な仲間たちがパーティーに加われば「ガンガンいこうぜ」モード全快。潜入と共に、一気に溝を掘っていきます。

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翔太くん、りりーさん、さがちゃんに先導してもらい、わたしは沼に足をとられ、翔太くんに
「一番こういうとこにいなさそうだよね。」と爽やかに笑われながら(・・・苦笑)、おぼつかない足取りでついていきます。

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先をいく勇敢なパイオニア的みんなの背中がたくましく見えます。

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わたし1人を見れば、たいした戦力にはなれていないものの、みんなで溝を堀っていくごとに、確かな水の流れが目に見えるようになります。

勇者のみんなは泥まみれ。

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途中、仲間のおやぢ姫とその長靴が埋もれて抜け出せないという事件も発生しましたが、

 

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「きゃー、たすけてー!」の図

勇者のみんなの協力で、なんとか引っこ
抜くことができました。

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そして、無事、下段の一番下と中段を結び、水が流れるように溝を掘ることができました。

 

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翔太くんにも「正直、ここまで出来ると思わなかったけど、、、できたねぇ〜!」
と称賛いただくほどの皆さんの大活躍で、楽園クエスト、沼地ステージ1クリアしました!

タラララッタラー!

「しばらく水の流れの様子をみて、この掘った溝が崩れないように、笹を入れ、2,3ヶ月中にあと1回、同じような作業をできれば、またグンとよくなると思う。」
とのことです。


今日、こうやって溝堀りをしましたが、その間、泥のなかからは腐敗したような匂いが出ていました。
矢野さんがおっしゃる「グライ土壌」です。
大地のなかを水や空気がうまく流れていない、人間の身体で言い換えれば、血液ドロドロ、呼吸もままならない状態、ということです。
この場所をそのままにしておくと、いずれ「自然」は大きな力をつかって、その滞りを浄化しようとします。

それが、私たちの目に「災害」として映る、台風や洪水なのです。
自然がそんな大掃除をしなくてもいいように、その前に、私たちにもできることがある。

元はといえば、共に生きていくはずの人間が、人間都合ばかりをおしつけるように自然の領分を侵し、大地を圧迫する重たいコンクリートの建物をあちこちに建て続けたり、野山を裸にしてしまったり、蛇行して流れゆく川を不自然にコンクリートで固めてしまったり、そういった近視眼的都市開発によって、大地や風や水の流れを圧制してきた。

所詮、人類の意識だけで作られる都市など脆弱で、その脆さを露呈するように、都市のあちこちで不穏な歪みが音をならしながら、崩れかけてきている現代(いま)、
私たちができる、今日のようなこと、
みんなで集まって、風を感じ、大地に埋もれ、草木に、水に、手をかける。
老若男女混ざり合い、ワイワイと笑いながら。
そんな素敵なことがあるだろうか。

子どもがいると、ついつい、子どもたちに何か残せるのか、ということを考えてしまう。
娘が私くらいの年齢になったとき、地球はいまより、癒やされているのか、より深刻な自体になっているのか、まだ分からないけれど、
崩れゆく都市を前にも、自分たちにもできることがある、と知り得ている大人たちの姿をみていることは、どんなに心強いことだろう、と思う。

「自分たちも喜び、楽しみながら、互いを生かし合う道がある。」

その道を生きる姿を見せることは、かけがえのない贈りものになる、
未来に確実に残せる希望。

幼い人類の歴史に目頭をたてて躍起になるのではなく、自然に優しいまなざしを向け、それに対して人が手をかけられるすべを教えてくれている矢野さん、その叡智を引き継ぐ翔太くんやさがちゃんのような存在、そして、同じ気持ちでこうして集まってくれるみんなが、いま、この地球にいてくれることに、ありがたく感謝の気持ちが沸き起こる、11月のある日でございました。

関わってくださった、すべてのみなさん、本当にありがとうございました。
 

※おまけ:
竹滑り台に夢中の小人。

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作業の他にも、子ども好きな人は子どもたちと遊んだり、写真を撮ったり、翔太くんの奥さまは織り物をしていたり、とても豊かな光景でした。。◎

ヨクイニンとシコン

ヨクイニン(はと麦)と紫根の日本酒ティンクチャー、漬け込み開始。

 

https://www.instagram.com/p/BK44vcXh_z-/

 

 

紫根は、冬の肌のお手入れ用。

ヨクイニンは、来年の夏、娘がプールでもらってくるかもしれない水いぼ用。

本当は35度以上のホワイトリカーを使うけど、マイルドでそれ自体も肌のケアに使われる日本酒ティンクチャーが私のお気に入り◎

抽出される成分は少ないのかもしれないけど、12度もあれば充分に思えるし、腐ることもなく、肌の弱い私も、3歳の小人もそのままつけても大丈夫で安心。

 

紫根の元になるムラサキ、夏に秋田の道の駅みたいなところで買えて、飛行機で持ち帰ったんだけど、京都の残暑は予想外だったみたいで、すぐにダメになっちゃって。。。
でも、根っこは使えるのかな。
今度、掘り返してみよう。

 

魔法茶会/ラブファーマーズ・カンファレンス

 ラブファーマーズ・カンファレンスでの魔法茶会。参加者は少なかったものの(他にも面白い講座たくさんだもん、しょうがないねー。)ゆったり和やかに過ごせて楽しかったー。
 普段ハーブティーを飲んでいても、こんな風に身体で感じたことはなかった、と、みんな繊細に植物の力を感じる力があったことに目覚めていく姿を見れてわたしは嬉しいかぎり。
 

 普段、わたしがだれか用にブレンドするとき、同じ魔法でも、女性向け、男性向けで使うハーブを変えているのだけど、まさにその通り、男性と女性で好きなハーブが分かれていたりして面白かったー。

 今回は、ラブファーマーズならではな感じで、参加者のかたたちも、すでに色々知識と体験があったので、それをみんなにシェアしてもらえて、より場が深まった感じがしました。

 親子で参加してくれた人もいて、少ない人数なら親子(最小2歳)でもできそうだなーということで、親子向けの魔法茶会とかも今後やってもいいかも◎
 うちの小人(3歳)も、自分でブレンドするのけっこう楽しんでるし。

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 イベントってなんか勝手に気負っちゃって、なかなか腰が上がらない感じだったのだけど、京都でも、わりと気軽に開催していこうかなーと思うきっかけになりました◎

 参加してくださったみんな、ラブファーマーズ・カンファレンス運営のかたたち、そして一緒に会をつくってくれたりえちゃんに感謝!!

 

 

ラブファーマーズ・カンファレンス2016

 先週末のラブファーマーズ・カンファレンス。その場のエネルギーが本当に「ラブ」で、コミュティーの素晴らしさを体感でき、すごくいい刺激になった。
 矢野さんの大地の再生講座、PCT-design Labのフォレストガーデン、自然農、発酵、微生物の話などなど、農や自然に関する分野でいうと、かなりの最先端を実際に現場で実践している人たちの話を聞けて、しかもほとんど参加費はカンパ制。
 

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<矢野さんによる、大地の再生講座>


 ごはんも地元のお母さんや出店の人が準備してくれたというけれど、美味しい野菜料理がたくさんで、わたしは毎回食べ過ぎたくらい。。
 
 2日目にもなれば、自然と通りすがりの一度も話したこともない人とも気軽に話しかけあったりする空気感がすでにできていて、イベントやお祭りな感じもありつつも、地元の仲間として受け入れられているような、あたたかな空気。
 
 年配のかたも、若者も、子どもたちも、みんながその場で自分らしさを発揮し、それがコミュニティーとして絶妙にそれぞれの良さを持ち寄り、豊かさをつくっている感じに、初めて「多様性」ということの素晴らしさを身体で実感した。
 まだ2回目にして、この完成度は、本当に運営のみんなを尊敬せずにいられない。

 

f:id:santanoyome:20160910144349j:plain<プレイパークで子どもたちは色々な大人とあそぶ>


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<夜はライブ。子どももノリノリで「おーこめはだいじー。ごはんを食べよう♪」と唄い踊る>

 自然界のなかで、一度分離しかけていた人類が、確実に自然の一員として、自然と融合し、互いに豊かさを渡しあう関係を育んでいっている。しかも、人間という存在が、その存在のまま生きるだけで。(自然の側も然り)
 本来、人と自然との関わりは、こうも完璧にデザインされつくられていたことを、わたしたちは思い出すだけでよかったなんて。
 
 自然を愛し、人を愛するひとがいる。
   
 それだけで、充分幸せだ。
  
 来年も9月の第一週目の週末に開催するそうで。予定入れとかなきゃ!

 

 

 

ドクダミの魔法

お隣に住んでいるおばあちゃんが、ひとつ魔法を教えてくれました!

 

できれば7月の土用の日に、ドクダミを根っこから採取したものを白い紙で包み、赤いヒモでくくって、

 

数え年と、

無病息災 名前(姓名)

 

を書いて、お手洗いに吊るす、というもの。

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これは女性のお守りで、婦人病にかからなくなるのだそうです。

 

ドクダミは花が咲いている時が採取時、特に土用に採取するといいというのは聞いたことがあったけど、この魔法はどんな本にも載っていなかった。。!

 

聞くと、おばあさんから代々、口伝されてきたものとか。

 

ドクダミは殺菌効果もあるし、皮膚病によく効くものなので、そういったところから、うまれた魔法なのかなぁ。と。

 

西洋のハーブの魔法は、本当に「こんなのあり??」というものまで、本当にたっくさんあるのだけど、日本の魔法も調べてみたいなぁ、と思っていた矢先の出来事。
嬉しいなあ。


こういう、日本で伝えられてきた魔法、歳時記から色々学べるけど、さらに勉強していきたい。。! 

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流れゆく川は
なんと清らかで透明なことだろう___


川は動き続ける。
片時も休まることなく。
停まれば、それは、水、池、たまり、などと呼ばれ、
川ではなくなる。
自分ではないものたちが動きつづけることを受け止め、あるいは促し、
変わり続ける他によって自分であり続けるもの。
こんな清らかさが

あるだろうか____


反転して、
わたしの心は、なんて淀んでしまっているのだろう、と感じていた。

我が強すぎる「わたし」というフィルターが
多くの清らかな流れを堰き止めてしまっている

もっと透明に もっと透明に
自分をなくしていくこと
元に戻っていくこと

当面の(一生かかるかもしれない)目標はそれかな、と
静かに思っていた。
天川の澄んだ川を眺めながら。



そこに届いた
ナナイロの日のことばのブーケ

https://www.facebook.com/notes/%E5%85%BC%E6%9D%BE-%E4%BD%B3%E5%AE%8F/%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%B0%E3%81%AE%E3%83%96%E3%83%BC%E3%82%B1-for-makililia/10154338369743390



プリズムのように、
わたしを通すと透明だった光が七色に見える
と、表現してくれた人がいた

わたしを通して、風を、泉を、花を、魔法の真実を、
みてくれた人たちがいた

なるほど、
そういうこともあるのか、と。


わたしのなかのちょっと屈折した部分が
受ける光を違う色として世界に映す ことがある。

そう思えば、
わたしは、この変テコさを抱えて生きていくことで
それが喜びと共にあるなら
それでいいのではないかと思えた。
むしろ、
人は、だからこんなにもバラバラな個性を持っていきゆくのかもしれない、と。


わたしはわたしでないものには成り得ない
と同時に
わたしは、わたしが思っているほど、わたしではない。


・・・・・・・


「わたしは、わたしが思っているほど、わたしではない。」


それは、
産後、孤独な子育て、アイデンティティー・クライシスから、
逃げるように東京に向かい、
これまで会った大切な人たちと再会を果たすなか、肌で感じたこと

大好きな人たちに会う度に、自分が取り戻っていくような感覚
わたしの「いいところ」は
わたしが愛する友人たちといることで引き出されていたこと

愛する人たちから、ちいさな光をのかけらを受け取って
それを集めたものを 
わたしは「わたし」と呼んでいたのか・・・
と、静かに仰天した。

 
だとしたら・・・


「わたし」と呼んでいる大事な人たちの一部を
簡単に軽んじてしまうというのは いかがなものだろうか・・・


集めた小さな光を 「わたし」なら
美しい場所へと運びたい


人生で出会った きらめく笑顔や情熱や優しさ
悲しみも葛藤の末の憤りも
光のかけらとして集め 運んでゆく
あの川のようで わたしはありたい


それらをどこかに届けるためではなく
そのいのちの恍惚ゆえ 嬉々として
流れつづけるものに