The Secret Present Garden 〜こびとたちのひみつの庭

「プレゼントガーデン」そこでは、樹木が優しく見守るなか、絶えず草花が茂り、こびとたちがハーブティーや季節の花のブーケなど、あたたかいプレゼントを色々なところに贈り届けるしたくをする。 そんな、プレゼントガーデンの構想と、実現に向けての様子、および、魔法や植物についてのmakiLiliaの勉強と研究の記録を記してまいります。

モンテッソーリ教育 体験

京都市で、モンテッソーリ教育を取り入れている幼稚園のプチ親子体験に行ってみました。
教室に入ると、モンテッソーリっぽいおもちゃがズラリ。
小人もそれを見て、着くなり1人でスタスタ歩いていき、遊びはじめた。

モンテッソーリ教育では、子どもが手先を充分に使えるように、様々なおもちゃ(教材)が用意されている。
よく見るのは、あけ移しできる水差し。ボタンをとめる練習をできる布おもちゃ。棒に穴のあいた積み木をいれて遊べるおもちゃなど。
ここでは、さらに、コーヒーミルで、コーヒー豆をひいたり、ハンドシュレッダーで紙をこまかく裁断したり、なるほど、確かにそういうのもあるのか。と勉強になった。

小人は、他のお友達がハサミで紙を切っているのが気になったようで、同じのをとってやり始めた。
はさみがちょっと大きいのと、切りづらいこともあって、変な持ち方になっていたけど、まずは、やってみる気持ちの方を大事にすればいいと思い、見守っていたら、どこからともなく、先生らしき人がやってきて、
「危ない持ち方してるねー。はさみはこうやってやるんだよ。」と、はさみを一緒に持って、全部切り、「切ったらこれにいれようね」と袋に入れ始めた。

このことに、大変な違和感を感じた、わたしたちでございました。
「なんでかな?」と、後々色々考えてみるに、幾つかのことがあげられる。

・まず、小人の挑戦を、すでに失敗とみなしていること。
・マリア・モンテッソーリは、子どもが色々な作業をうまくできるようになるためには、「近くで大人がだまってやってみせてあげるのがいい」と言っているが、この先生は、見本を見せるのではなくて、訂正したこと。
・はじめて参加したのに、ウェルカムの言葉もなく、名前を聞いたりさえしないまま、この行動をされたこと。
・わたしたちにも何も声がけがなかったこと。

などなど、かなぁ。と。

本を呼んでいると、モンテッソーリ教育は、子どもの観察を前提に、大人がその成長をうまく見守り、子どもを邪魔しない形で誘導してあげるのでとても良い印象があるのだけど、前に別のモンテッソーリ教育を取り入れているところに行ったときも同じような違和感を感じた。

そのときは、小人が2つおもちゃを取り出すと、
「一つだしたら、一つは片付けましょうね。」
と、戻されたこと。

そしてそれは、今回も、同じようなことが起きた。そして、わたしは「これはちょっと嫌だな。」ってまた思った。
子どもは、偶然のなかから、色々遊びを見つけていくし、様々な道具や物を、大人が思いもしない使い方をして遊ぶ。多分にわたしは、その創造性を大事にしてあげたい。と思う人間なのだと思う。
お片づけも大事だけど、まだ2歳だもの。それ以上にめいっぱい遊ぶことをさせてあげたい。
シュタイナー教育を取り入れているある園では、子どもは幾つかのおもちゃを組み合わせて新しい遊びを創るので、ある程度おもちゃが散乱するのは見守る、と言っていたけど、そちらの方が、わたしは好きだなぁ。

 

こうやってひとつひとつのことだけやることが、後々の集中力を養う、ということなんだろうとは思うものの、自分も、全員均一のルールに従うのは、そんなに好きじゃないものだから(w)、やっぱり、こういう「ひとつ正解のやりかたがあって、皆それに揃えていきましょう」的な感じは、なんか合わないのかも。

あと、親子教室だったので、基本、子どもにはそれぞれ親がついて遊んでいるのだけど、子ども同士の交流がほぼ皆無。
小人が隣の子のおもちゃをみて、遊びたくなるのだけど、おもちゃは1人1つと決まっているから、借りたり、一緒に遊ぼう、っていうことができない雰囲気。なので、親同士もあまり交流せず、なんか親子がいっぱい同じ場にはいるけど、それぞれ完全分離していて、ちょっとそれが不自然な感じ。

そのあとには、みんなで唄を歌ったりするんだけど、個と集合の概念も、そんなに時間でくっきり分けるものかなぁ。と、個人的には感じちゃった。
まだあまり交流しない、低月齢の子向けということもあるのだろうけど。

ということで、期待していたモンテッソーリ園ではあったけど、わたしたちにはどうやら合わなかったみたい。

教育というか育児というか、については、もちろんどれも間違ってるとかはなく、なにが自分たちにしっくりくるかどうか、ということなのだけど、本を読んで勉強していても、その教育法を取り入れているところに行ってみると、全然イメージが違っていたりで、こうやって実際に足を運んでみる、ということの重要性をあらためて感じ、勉強になった1日でした。